合祀の日に動かなくなった浮田稲荷の小宮
どんな伝承か
明治四十二年ごろ、内務省令によって、基本財産のない無格社などを合併させる動きが全国で進められた。松江の旧城内、練兵場の片隅にあった浮田稲荷社もこれに当たり、同地の松平稲荷へ合祀されることになって、二百七十年祀られてきた場所を離れることになった。当日、七、八人の信徒が社殿の奥から御神体を納めた二尺ほどの木の小宮を運び出し、台に載せて担ごうとすると、軽かったはずの小宮が急に何千貫もの重さになり、どうにも動かせなくなった。稲荷神が出たくないのだろうと、県社須衛都久神社の長岡社司を呼んで祈禱してもらうと元の軽さに戻り、二、三人で難なく松平稲荷まで担いで行けたという。
原典より
然るに今まで軽かった小宮が、急に大磐石の如く、何千貫目かの重みに変り、七、八人の体力ではどうすることも出来ない、…—— 日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著)
『日本怪奇集成-明治大正昭和篇』は、富岡直方が編んだ怪奇実話集である。明治元年から昭和七年までに各地で起きた幽霊や狐狸の怪、畸形や奇病、天変や奇瑞、世相の珍事を、当時の新聞・雑誌の記事と筆者自身の聞き書きから集めている。明治・大正・昭和の三篇に分け、話ごとに年月を掲げて通し番号を振り、新聞記事を引いたうえで紙名を末尾に添える形を基本とする。