久地野村の降札とちょんがれの宴
どんな伝承か
春日井郡久地野村では、余吾嘉右衛門の「日記用留帳」に、九月二十四日から十月二十三日までのあいだに村内の十一か所でお札が降ったことが書き留められている。札が降った家では酒が振る舞われ、村人が集まって夜を籠もり明かし、うかれ節の一種である「ちょんがれ」の余興を楽しんだという。
原典より
名古屋の北方、春日井郡久地野村(西春日井郡師勝町)では、余吾嘉右衛門の「日記用留帳」には、九月二十四日から十月二十三日まで、村内十一か所にお札降りがあったことが記されている。—— 愛知民衆運動の歴史 新版 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知民衆運動の歴史 新版
『愛知民衆運動の歴史 新版』は、愛知の民衆運動の歩みをたどる歴史書の新版である。慶応三年の「ええじゃないか」を扱う節で、三河国渥美郡牟呂村・羽田村に始まる伊勢神宮などのお札降りが、吉田宿、名古屋城下、稲沢・尾西・小牧・江南などへ広がった経過を、神官の留記や村の日記、『丁卯雑拾録』『感興漫筆』などの記録から跡づける。名古屋で降った札の種類と枚数の順位表を掲げ、降札を仕掛けた者をめぐる当時の見方と、騒ぎを担った民衆の姿を論じる。