水争いで打首となった落井の庄屋
どんな伝承か
享保年間、松成・吉谷・四方谷の三区が、落井の上流から河和田川の水を引き排水路も掘る計画を立てた。落井は反対して福井藩へ訴え、排水路がかかる川島とも歩調を合わせた。川島を治める鯖江藩が、許可と引き換えに拝領門の再建と北陸道の屈曲の復旧を求めたため工事は見送られたが、面目をつぶされた福井藩は他領と組んだとして落井を罰した。庄屋太左エ門と長百姓治良右エ門は打首、茂右エ門は追放となった。落井の正立寺では二人の命日六月二十五日に水のお講さまと呼ぶ供養を今も続け、三人の名を刻んだ墓もある。村は事蹟を伝える水理碑を建て、落井と松成は長く縁組をしなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。