旧家の屋敷神だった稲荷神社
どんな伝承か
稲荷神社はもと、現在の佐野茂助家の宅地内の北西に鎮座していたと伝わる。屋敷の周りには溝がめぐらされ、福島重左衛門家とともに旧家であったことから、佐野家の屋敷神(鎮守)として祀られていたのだろうという。正徳三年二月二日、下河端町の大部分が火災の厄にあい、佐野家もその難にあったため、詳しい記録は残っていない。明治四十二年二月二十日、福井県の許可を得て河端神社に合祀されたと記されている。
原典より
稲荷神社はもと、現在の佐野茂助家の宅地内の北西にあにといわれる。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。