鉢伏山を陸の竜宮の奥の院に
どんな伝承か
敗戦後、愛善苑の苑主となった王仁三郎は、その旗を掲げ、七十代半ばの衰えた体をおして休む間もなく巡教の旅を重ねた。一九四六年五月には山陰をめぐり、先の弾圧で自らが検挙された思い出の地、松江の島根本苑を訪ねて感慨を新たにした。同じ月の二十三日には、鉢伏山を「陸の竜宮」の奥の院として開き、大本教の霊場に定めた。
原典より
同月二十三日には、陸の竜宮の奥の院として、兵庫県(播磨国)の鉢伏山を開き、大本教の『霊場』とした。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。