山野で五十音を叫ぶ言霊学の少年
どんな伝承か
十一歳のころから、喜三郎は祖母うのが教えてくれる言霊学にもつよい興味をもつようになった。言霊学は、言語には霊があり、ことばを発するとその霊力がはたらいてことばどおりの現象がもたらされるという原始宗教的観念を受けつぎ、音律・音韻に意味を求めて神・人・万物の声音を理解しようとする秘伝的な学問である。喜三郎は人気のない山や野原に出て、せいいっぱいの大声で「ア、オ、ウ、エ、イ」などと叫ぶようになり、人に見られて笑われたり狂人扱いされたりした。祖母の兄には『日本言霊学』の著述のある言霊学者・中村孝道がいた。
原典より
喜三郎は、人気のない山や野原に出て、せいいっぱいの大声で、「ア、オ、ウ、エ、イ」などと叫ぶようになり、人に見られて、笑われたり狂人扱いされた。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。