雄鐘を恋う三又沖の雌鐘
どんな伝承か
国分寺は天平のころ聖武天皇が全国に建てさせた寺の一つで、七つの堂と二つの鐘楼を備えていたという。ある晴れた日、子生の浦の沖に二つの釣鐘が浮かんだ。漁師たちは龍宮の女神が寺へ寄進したものだと考え、総がかりで浜へ引き上げ、府中の国分寺まで運ぶことにした。七日かかった原を七日ッ原、八日目に休んだ堤を八日堤、車の心棒が折れた橋をこみ折れ橋と呼ぶようになった。のちに大力の盗人が雌鐘を盗んで舟で逃げ、時化に遭って三又沖へ投げ捨てた。沈んだ鐘は今も雄鐘を恋しがって鳴るという。
原典より
この国分寺という寺は、古い昔、天平とかいう時代に、聖武天皇が全国六十六ヶ所に詔りして建てたその一つだという。—— 日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第4巻』は、日本の伝説を話型ごとに集成した叢書『日本伝説大系』の一冊である。茨城・栃木・群馬の三県に伝わる伝説を、男体・赤城の神争いや榛名湖の入水譚、平将門・源義家・親鸞・弘法大師などの事跡、河童・竜宮・長者・石・姥捨・九十九谷などの話型ごとに収める。各項は代表となる伝承地の話を掲げ、〔類話〕に各地の聞き書きを伝承者名や出典とともに並べ、〔文献〕に縁起・地誌などの古記録を抄出し、柳田・高木による話型名を添える。