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六万の兵を養った生板池

所在地茨城県石岡市東大橋(生板池)
年代伝承(口承)
登場八幡太郎義家、伝説の主人公
出典日本伝説大系 第4巻

どんな伝承か

義家が大橋で軍勢を数えたところ六万あったので、その場所を六万と名づけたと伝わる。六万の兵の炊事にこの池の水を使ったことから、池は生板池と呼ばれるようになったという。同じ大橋の下大橋坪の田の中には橋塚と呼ぶ一坪ほどの陸地があり、義家はそこから中郷へ橋を架けて渡り、奥州へ攻め入ったとされる。橋が大きかったので村の名を大橋と呼ぶようになったといい、村には寺が七つあって、義家はどの寺に戦勝を祈るか迷ったとも語られる。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))

『日本伝説大系 第4巻』は、日本の伝説を話型ごとに集成した叢書『日本伝説大系』の一冊である。茨城・栃木・群馬の三県に伝わる伝説を、男体・赤城の神争いや榛名湖の入水譚、平将門・源義家・親鸞・弘法大師などの事跡、河童・竜宮・長者・石・姥捨・九十九谷などの話型ごとに収める。各項は代表となる伝承地の話を掲げ、〔類話〕に各地の聞き書きを伝承者名や出典とともに並べ、〔文献〕に縁起・地誌などの古記録を抄出し、柳田・高木による話型名を添える。

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