八幡太郎義家
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どんな伝承か
石岡市東大橋に伝わる八幡太郎義家の話。生板池は、義家が大橋で軍勢を調べたところ六万あったのでその場所を六万と名づけ、その六万の兵の水炊きをするために池の水を使ったことから、池の名を生板池と呼ぶようになったという。同じ所の下大橋坪の田の中には橋塚と呼ぶ一坪ほどの陸地があり、義家はそこから中郷へ橋をかけて渡り、奥州へ攻めていったという。大きい橋なのでその村の名を大橋と呼ぶようになったといい、また村には寺が七つもあって、義家はどの寺に戦勝を祈願しようか迷ったので「てらてらに太郎思案の橋渡り」の句があるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第4巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全89話(栃木・群馬・茨城=北関東)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。
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石岡市の伝承
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