長福寺に迎えられた宗良親王
どんな伝承か
上牧野村の長福寺の言上書によれば、南北朝の兵乱のとき、後醍醐天皇の皇子である宗良親王が戦に敗れて北国筋を漂い、ある日、牧野村で日が暮れて宿を乞うた。当時長福院と称した寺がこれを迎え、手厚く介抱した。日を重ねるうちに、豪民の坪内某が仮の宮を一宇建てて親王を移し、およそ三年のあいだここに住まわれた。その住まいは黒木の御館と呼ばれたという。のちに親王は髪を落として坊舎を建て、永く仏門に入り、高岡守山の極楽寺を開いて仏眼明心法親王と称したと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。