有玉と赤池の名を生んだ赤蛇
どんな伝承か
遠江の国が海であったころ、赤蛇の神が住み、渡し船は一日に一度なら無事だが二度渡れば波を起こして必ず覆したという。訴えを受けた天皇は坂上田村麻呂を東の征夷に遣わし、延暦十四年二月朔日、将軍は海の西岸の船岡山に着いて陣を構えた。やがて美しい女が仕え、身ごもって産屋にこもり、二十日は見るなと言い置く。将軍が約束を破ると大蛇が子を巻いており、女は正体を明かして玉を子に授け海へ消えた。子は俊光と名づけられ、八歳のとき玉を投げて潮を涸らし陸地とした。玉の沈んだ所を有玉、赤蛇の住んだ所を赤池というのだと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。