切杭と杉尾の名を生んだ大杉
どんな伝承か
日向の原坂忠左衛門(当主は原坂集一郎)の家に美しい婦人がいた。毎夜どこの者とも知れぬ美少年が通うので、婦人は母に打ち明ける。母は七日のあいだ麻糸を紡ぎ、その端を少年の袴の裾に貫けと教えた。翌日たどると、糸は老杉の梢の上まで引き上げられていた。里人は大樹の精だろうと伐ろうとしたが、翌日には切り口が癒えて痕も残らない。木片を火に投じて焼きながら伐ると、大樹はキリクイと異様な音を立てて倒れた。跡を今も切杭と呼ぶ。その木で空舟を造って婦人を納め、大水の朝に藁科川へ流すと、舟は船山で沈んだ。櫛の落ちた所を櫛筐峠という。大樹は高さ三十三間あり、倒れた時に梢が杉尾から望まれたので、その地を杉尾と呼ぶという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。