駒の足の地名を生んだ名馬池唼
どんな伝承か
大田市の栄泉寺の付近には、駒の足という町名がある。寿永三年、頼朝が木曽義仲を討ったとき、宇治川の先陣争いで佐々木高綱が乗った池唼が、まだ名馬と認められていないころに大森を走り抜け、その足跡が残ったので町名になったと伝える。池唼は邇摩郡仁摩町馬路の生まれで、畷と呼ぶ地域の池のそばに立つ屋号を厩という家が出生の地だという。子馬のころから駿敏で、家畜商が買い求めて帰る途中に手綱を放すと、月光の映る池へ飛び込んで逃げた。池唼の名はこの姿によるという。家畜商は天河内の境で姿を見つけ、大国から大森へ出て足跡をたどり、水上の三久須で追いついて「駄駄」と呼ぶと立ち止まった。旧道の駄駄坂がその場所だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。