「みやこ」に残る安徳帝の皇陵塚
どんな伝承か
安徳帝の一行は椿山を出て、奥名川を経て当地に入られたと伝わる。仁淀川へ下るとき帝の手を取った所は「ていき」という地名になったという。帝はまず仁淀村高瀬掛水に着き、やがて別枝村の「みやこ」に住まわれた。字大峯山にある皇陵塚と呼ばれる塚は安徳帝の墓と言い、その墓前の「寺屋敷」は帝が建立した寺の跡、北端の「姥の宮」は帝の乳母を祀った所という。一行は当地に一年滞在し、さらに越知町横倉山へ移られたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第12巻』は、四国四県(香川・愛媛・徳島・高知)の伝説を話型ごとに集めた伝説集成の一巻である。神々の争いや大人の足跡、弘法大師の彫り残しや麦の種、英雄の誕生、長者、人柱、蛇聟、狼の報恩、化猫退治、首切れ馬、夜泣石、地蔵の霊験などを、町村誌や地方の伝説集、昭和五十三年度立命館大学説話文学研究会の採集調査稿から採る。百三十九話に通し番号を付け、各話に伝承地と出典、高木・柳田の分類名を添え、県別の〔類話〕と〔文献〕を続ける。