大伴武日を留めた弓削神社と弓削塚
どんな伝承か
景行天皇の四十年、皇子の日本武尊が東国を討つよう命を受け、吉備武彦や大伴武日らを従えて東へ向かった。使命を果たして西へ帰る道すがら、尊は東国がなお落ち着かぬことを案じ、大伴武日ひとりをこの地にとどめたという。その居館の跡が町はずれの弓削神社で、二の宮とも呼ばれている。社の南に続く弓削塚は、武日の墓だと言い伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。