弥八宮と為朝祠の取り違え
どんな伝承か
『肥後国誌』の補記である。弥八宮、ある記には矢八宮とも書く。編者の按ずるところでは、本書は水俣郷の項でこの宮を落としており、当郡津奈木郷中村の為朝祠の条で弥八宮の縁起を引いて祭祀のことを載せているため、二つの社を一社に混同しているようだという。そこで諸書の記述や土地の人への聞き取りによって、この宮を補って記す。本書の為朝祠の条によれば、里の俗説として、昔、鎮西八郎為朝が当国から琉球へ渡ろうとしてこの地から小舟に乗り、薩州へ至った。その際、楫取に直垂一具を舟賃として与え、これを神体として崇め祠を建て、いまも祭っているという。実は為朝を神として崇めたものではなく、祭日は三月八日である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。