鳥の城と呼ばれた長者の旧跡
どんな伝承か
『肥後国誌』は長者屋敷を米原長者の住んだ旧跡とし、鳥の城とも呼ぶと記す。姓も居住した時代も分からず、仮の名を孫三郎といったと伝える。涼の殿、月見櫓、玉屋敷、蔵床などの旧跡が同じ場所にあり、蔵床は四方に土居をめぐらせて中に礎石が残る。近辺には大石が多く、耕作の妨げになるので半ばは地中に埋められたという。長者の姫の足跡と称する痕のある石や、鐘掛松と呼ばれた松もあったが大風で砕けた。里の伝えとして、観音の夢告で公卿の娘が肥後へ下り、出田村あたりで藍を作る孫三郎と結ばれたという説と、四丁分の薦編小三郎と結ばれて岩本村、米原村へ移ったという説の二つを並べる。焼米や団子状の土が出ることも記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。