菊池実隆を名乗る霊の出現
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どんな伝承か
心霊研究者である著者は、霊の顕在を主張する立場にあった。昭和十四年十二月、穂積の霊が物質化して、菊池神社に供饌を怠るなと告げたという。さらに昭和二十年、菊池武時公の第六子と称する「菊池実隆」と名乗る霊が現れ、以後も心霊実験にしばしば出現した。二十三ほどの、鴨居に頭が届きそうな背の高い美丈夫であった。つい四五日前、桜井宮司の紹介で菊池長四郎氏の令息が訪ねてきたが、その顔が霊化した実隆にそっくりで、著者はぞっとした。令息によれば実隆は湊川の戦で九死に一生を得、広島付近で土賊に討たれたという。実隆は菊池家の正系の系図にはないが、則隆という人はいたらしいと著者は研究課題としている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・昭和中期(1940年代~1950年代推定))
幼少期の地獄極楽のぞきからくり(私の心霊術)/心霊術と降霊の実演/作家長田幹彦の心霊体験/交霊と幽霊との接触/明治〜昭和の心霊文化
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菊池市の伝承
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