砂盤に大書された天の一字
どんな伝承か
四月十八日、青山原宿の高井是空邸に、岡本天明ら十五、六名が集まった。中国から伝わった自動書記の法である扶乩を試すためで、道具は一メートル足らずの横棒に短い縦棒をつけたT字形の乩木と、砂を盛った盤である。第一回は主人の高井が正纂、浅草から駆けつけた五十嵐夫人が副纂となり、盤を挟んで向かい合い、それぞれ棒の端を軽く支えて目を閉じた。岡本が成功を祈って黙祷すると、数分もせずに棒へ激しい動きが起こり、砂の上に大きく天の一字が書かれた。読み上げて砂を均すと、今度は平仮名でひ・つ・くの三字が続けて記された。神名だろうと岡本は見たが、御神名かと声で問うても答えは書かれなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。