円タクに乗って帰った娘の亡霊
どんな伝承か
雨の夜、円タクの運転手町田君は、髪も肩も濡れそぼった若い女を乗せた。行き先は代々木駅のそば、千駄ケ谷の松木という家である。車中で女はすすり泣くばかりだった。酒屋の小僧に道を尋ねてようやく門前に着けると、女は金を持たせるからと言い残して植込みの闇へ消え、四十分待っても誰も出てこない。しびれを切らして呼び鈴を押すと、女中は、この家に娘はいない、お嬢さまは先月亡くなったと言う。出てきた奥さんに乗せた場所を訊かれ、火葬場の近くだったと答えると、家中が騒然となった。娘の名は芳子、盆の近い夜のことだった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖奇怪談集(山門王吉・1936年(昭和11年))
『妖奇怪談集』は、山門王吉が著し、東亞書房が昭和十一年七月七日に発行した怪談集である。序に言うとおり、白昼の銀座で死んだはずの友人にマッチを借りる話や円タクに乗る亡霊、トンネルの狂女など、当時の実話に取材した新感覚の話を主とし、旧来の型の話を二篇添える。巻頭の「怪談コント一束」は闇の声や消えた女など七つの小話から成り、続いて「銀座の悪夢」から「生首を盗む女」まで七篇を収め、巻末に奥付と同書房の満洲案内書などの広告を載せる。