雨に濡れずに泣いていた喪服の婦人
どんな伝承か
中村四郎の体験談。昭和四十年の春、桜の咲くころのこと。杉並区堀の内に住んでいた語り手は、高円寺駅へ出るたび近道をして堀の内の火葬場の前を通っていた。その日は春雨が煙るように降る風のない静かな夕方で、午後四時ごろ、傘をさして火葬場の前を通りかかった。桜の散りそめる前庭の真ん中に、黒の喪服をまとった品のよい未亡人らしい婦人が立ち、顔に真っ白なハンカチをあててしくしく泣いていた。気の毒に思って歩き過ぎたが、雨の中を傘もささず濡れた様子もないのは変だと気づいて振り返ると、婦人は消えていた。広い庭から姿を消せるはずはなく、合掌してその場を去ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・1974年(昭和49年))
『お化けについてのマジメな話』は、平野威馬雄が昭和四十九年に著した幽霊とお化けをめぐる随筆である。自ら主宰する「お化けを守る会」に寄せられた体験談や、大阪の毎日放送のラジオ番組で聴取者が電話で語った話を軸に、前世や霊媒・降霊実験など海外の心霊研究、井上円了の妖怪論、古い記録に見える犬神などの憑きものを取りあげる。体験談から死後の世界、お化けを呼ぶ方法、昔のお化けへと進む八章立てで、巻末にあとがきを置く。