新羅三郎手植えと伝わる南宮桜
どんな伝承か
大草町上条東割の南宮神社は、甲斐源氏の祖である新羅三郎義光が篤く崇めた社で、社前の桜も義光が自ら植えたものと伝わる。明治の末から大正の初めにかけてが盛りで、拝殿や東の神楽殿の屋根を覆うほど枝を広げ、四月十日ごろには八重の花が枝いっぱいに咲いて、花見の会が催された。県の天然記念物となり、三好博士からは全国に比べるもののない桜として「南宮桜」の名を贈られたが、寿命が尽きて枯れてしまったという。
原典より
南宮神社は、甲斐源氏の祖、新羅三郎の崇敬が厚く、社前の桜も義光の手植えだと伝えている。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。