金幣が落ちて祀られた原山神社
どんな伝承か
韮崎市清哲町青木に伝わる。旱害に苦しむ釜無川西筋の原七郷の人々が、信州諏訪郡金沢村神戸の御射山神社から分霊を勧請しようと社殿を造り、代参役人と若衆が金の御幣をいただいて帰途についた。折居村まで来たところでにわか雨に遭い、今の原山の森でしばらく休んだ。旱害に苦しんでいた青木村の村人も喜んで出迎え、雨後の森の中で大いに神輿をねり回した。ところが目的地で奉遷しようとすると金幣が失せており、原山の森に落ちていたのを里人が拾い上げ、神の降臨だと喜んで新宮を建てて祀った。この祭典には必ず雨が降るという。
原典より
原山神社は、昔から作神様とか、縁結びの神様とかいわれて、釜無川以西はおろか、逸見筋一帯に亘って、名代の祭りであった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。