阿室の女夫松と大火
どんな伝承か
屋喜内湾内でも殊に古い村である阿室には、男松女松と名づけられた珍しい二本の大木があった。遠方から聞き伝えて見に来るほどの松であったが、五年前の正月の大火事で焼けてしまい、今は根株だけが残っている。御嶽の岡の昇り口近く、トネヤ(殿屋)の西隣の神アシアゲの広場の端が焼け跡で、火事後に生まれたくらいの子供たちが遊びに来ている。村の人々は今でも、御嶽の樹を伐った祟りだと考えている。百二十戸の民家がことごとく灰になった大火でも、この二本の松だけは中が洞になって風が通り、三日三晩燃え続けた。老人たちはこれを見て皆慟哭し、今も松の話をすると涙を流す者があるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。