与那国・鬼虎の乱
どんな伝承か
赤蜂が滅んで四十年の後、与那国島には鬼虎の乱が起こった。鬼虎はもと宮古の狩俣村の者で、飢饉の年に粟一斗で与那国へ売られたという説があり、彼もまた一個の外来の簒奪者であった。付近の島々がすでに王化に潤うと、こんな懸け離れた島の謀叛人までが征伐を受ける。西表島の古英雄祖納堂は、晴れた日に高山の峰に登って遥か西天に隠見する小島を望み、数十人の精兵を船に乗せて攻め取ったのが与那国島であった。酋長二三人を擒にして中山に捷を奏し、その支配下に附けたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。