父子不和で龍淵寺に入った成田長泰
どんな伝承か
忍城主成田長泰は、上杉と北条の間で寝返りを重ねた武将だった。北条方に戻った長泰は、謙信に奪われた羽生城を取り返して家臣に守らせ、忍城へ帰ったが、そのころ嫡子の氏長と不和になり、ついに城を出て城外の龍淵寺に入ってしまうという事件を起こした。この争いはのちに折り合いがつき、長泰は城中に戻って隠居の身となった。町の名所を挙げた箇所でも、龍淵寺は成田氏の親子が不和になったときに隠れ住んだ寺として紹介されている。
原典より
だが、此頃嫡子氏長と不和になつた長泰は、遂に城を去って城外の龍淵寺に入る等の事件もあつたが、それは後に妥協が着いて長泰は城中に戻つて閑居することとなつたから、…—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。