武蔵三氷川の一つ中氷川神社
どんな伝承か
山口村の中氷川山の上に祀られる郷社中氷川神社は、延喜式の入間五座に数えられる古社で、奥多摩の奥氷川社、大宮の氷川社とともに武蔵三氷川の一つとされる。創祀は崇神天皇の頃とも、日本武尊の東征の頃とも、成務天皇の代ともいわれ、氷川神は奥多摩からここへ、さらに大宮へ遷ったとする説もある。頼朝の頃には山口領九十二か村の総鎮守として栄え、山口高治が社殿を改築したが、正平二十二年に山口城が足利勢に落とされた際に兵火に遭った。元禄と明治の改築を経て昭和七年に今の社殿が完成し、秀吉の禁制書や光忠作の宝剣などが社宝として伝わる。
原典より
鄕社「中氷川神社」はこの山上に祀られてゐる。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。