闘鶏の氷室と都祁の木簡
どんな伝承か
『日本書紀』の仁徳天皇六十二年の条には、大和の闘鶏に氷室があったと記されている。説話ではあるが、そこに書かれた構造から見て、書紀の成立以前に氷室が存在したことは疑いない。昭和の末には、奈良市二条大路南の長屋王の邸跡から、都祁氷室・都祁氷と書かれた木簡が掘り出された。闘鶏と都祁は同じ場所を指す別表記で、いまの天理市福住町のあたりにあたる。福住には現在も二十ほどの氷室の跡が残る。氷室は朝廷へ献じる氷を蓄える施設で、主水司が所管し、旧暦六月一日には氷を賜る儀式があって、その日を氷の朔日と呼んだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。