円光上人の母が入水した伊香保沼の石碑
どんな伝承か
吾妻郡原町の普光山無量寿院善導寺、その二代円光上人の母がこの沼(伊香保沼)に身を投げた。法名は宝池院殿廓譽広雲快竜大禅尼、明徳元年四月二十日のこととされ、沼のほとりには古くから石碑があった。野火で焼けたときには善導寺が建て直したという。この場所で善導寺が雨乞いをすると雨が降り、沼の前後には境塚が段々に残ると『吾妻郡略記』は記す。同書はさらに、伊香保沼のほとりには広雲快竜の碑のほかに二基の石碑があり、それは緑野郡の木部殿という人の妻と下女のものだと伝える。妻の法名は竜体院殿白山真性大姉で十二月二十七日、下女は久屋妙昌信女で同月同日とあるが、年号は見えないという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
群馬県史 資料編 27(群馬県史)
『群馬県史 資料編 27』は、群馬県の県史の資料編の一冊で、収めるのはその「第三章 伝説」である。伝説の定義と分類、『神道集』や近世の地誌から明治以降の郡村誌・伝説集に至る県内の調査の歩みを述べ、赤城と日光の神戦、赤堀道元の娘と木部姫の入水、文福茶釜、羊太夫、弘法伝説などを群馬の伝説の特色として論じる。続いて代表例を自然的・社会的・信仰的伝説の三つに分け、各地の口承と古記録を伝承地を添えて並べる。