藤蔓で谷を盗みに行った赤城山
どんな伝承か
昔、赤城山に千の谷があれば高野山になれたというが、一谷だけ足りなかった。そこで赤城山は山中の藤を切り、その蔓で谷を背負って来ようと、日光へ谷を一つ盗みに行った。しかし日光さんに見つかってしまい、谷を取ることはできなかった。それ以来、赤城と日光は仲が悪くなったと伝える。また赤城山からは藤がなくなってしまったという。このため、日光様に参った足でそのまま赤城様に参っても御利益がないといわれている。
原典より
むかし、赤城山に千谷あれば、赤城山が高野山になれたという。—— 群馬県史 資料編 27(群馬県史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
群馬県史 資料編 27(群馬県史)
『群馬県史 資料編 27』は、群馬県の県史の資料編の一冊で、収めるのはその「第三章 伝説」である。伝説の定義と分類、『神道集』や近世の地誌から明治以降の郡村誌・伝説集に至る県内の調査の歩みを述べ、赤城と日光の神戦、赤堀道元の娘と木部姫の入水、文福茶釜、羊太夫、弘法伝説などを群馬の伝説の特色として論じる。続いて代表例を自然的・社会的・信仰的伝説の三つに分け、各地の口承と古記録を伝承地を添えて並べる。