倉科の妻が恨みを残した男滝・女滝
どんな伝承か
倉科の話は実際にあったことだという。松本から太閤秀吉のもとへ宝比べに向かう倉科様が、宝を携え供を連れて中山道を通った。それを知った野尻・与川・三留野の三宿の主だった者たちは宝を奪おうと相談し、本陣に泊まった一行を、鶏の足を湯で温めて早く鳴かせて未明に発たせ、男滝・女滝で殺して宝を奪った。後に倉科の妻が訪ねてきて同じ宿に泊まり、一番上等の布団を求めた。出されたのは奪った布団で、中にも宝が縫い込まれていた。妻は夜通しそれを取り出して縫い戻し、翌朝滝の所で恨みの言葉を残して去った。その祟りで崖ができたといい、倉科の祖霊社が祀られている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第3巻 3 (中信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第3巻(三) 中信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち中信地方の巻から、伝説の章を抜き出したものである。木・石・水・塚・坂と道・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌などに分けて、松本・塩尻・安曇野・大町・北安曇・木曽に伝わる言い伝えを短い条で並べる。抜き出しの際に多くの条から採集地の表示が落ちており、土地の名が本文に書かれない条も少なくない。