七つ坊主の信仰を生んだ宝鏡寺の地蔵
どんな伝承か
竹之下の宝鏡寺の地蔵は、古くから延命地蔵・子育て地蔵として知られ、駿河・伊豆・甲斐・相模に信者が多く、縁日は今も参詣人で賑わう。昔この地方に熱病がはやり、医者に見放された子の親が、子の髪をそって地蔵に願を掛けると、子は元気になったという。それで今も体の弱い子は頭をそって地蔵の弟子となり、七歳まで願掛けを続けると丈夫に育つといわれ、「七つ坊主」の信仰が生まれた。この地蔵はそばきり地蔵とも呼ばれ、昔、住職の代わりに藤曲の信者の家へ出向いて経をあげ、蕎麦のもてなしを受けて帰ったという話もある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小山町史 第9巻 (民俗編)(小山町史)
『小山町史 第9巻(民俗編)』は、静岡県駿東郡小山町の町史の民俗編から、口頭伝承の章の伝説の節を抜き出したものである。石子詰にされた忍びの若者・用沢小僧の伝えを出典ごとに並べ、むらの名の由来、金太郎ゆかりの地と石、仇討如来や鬼鹿毛馬頭観音、村境の決め方、竹之下合戦にまつわる伝えなどを収める。富士山麓と足柄山のあいだの町に残る、地名と社寺・石に結びついた言い伝えが中心である。