七日七夜の祈願で子が生き返る延命地蔵
どんな伝承か
富久山町福原の白石田高場山の東端、旧東仙道を見おろす所に延命地蔵の祠がある。別名を高天ヶ原地蔵尊といい、かつては四郡六十八郷に知られた地蔵であった。天文二年、高場山の石山開さくにあたり、石工たちが山の繁昌と無事を祈って刻んだものだという。ある年、この山で働く石工の若夫婦の三歳になる一人息子が病で重くなり、母は七日七夜の願をかけたが、六日目の朝に亡くなった。それでも母は祈願を続け、七日目の朝、地蔵に抱かれた子の姿が現れ、家に戻ると死んだはずの我が子が生き返っていたという。
原典より
富久山町福原の白石田高場山の東端、旧東仙道を見おろす所に、延命地蔵の祠がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。