落ちのびた武士と鹿の福田鉱泉
どんな伝承か
松山城が川越城との戦いに敗れたとき、傷を負った松山城の武士が福田鉱泉まで落ちのびてきた。そこにはやはりけがをした鹿が一頭いて、湧き湯の水をなめては傷口を洗っていた。それを見た武士は、この水は傷に効くに違いないと考え、自分も水に浸かっては上がることを繰り返した。やがて鹿は傷が癒えてどこへともなく去り、武士の傷も治った。福田鉱泉の起こりはこの出来事だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
滑川村史 民俗編(滑川村史)
『滑川村史 民俗編』は、埼玉県比企郡滑川村(今の滑川町)の村史の民俗編から、伝説と噂話の節を抜き出したものである。盗まれるのを拒んだ阿弥陀、生首八幡、福田鉱泉の始まり、河童の証文などの伝説と、オトウカ(狐)やムジナに化かされた話、三峯のオオカミ様、人魂や火柱などの噂話を、話者の地区とともに短い条で収める。沼と小高い山の多い村の、村人の身近な不思議の語りが中心である。