三野王が見返った東京の地
どんな伝承か
天武十三年(六八四)二月二十八日、信濃へ都を移すことを考えた天武天皇は、三野王らを使いに出して、候補とされた東京の地形を調べさせたという。都は結局、畿内の藤原に定まったが、このとき三野王の宿所が置かれたのが加茂神社の境内だったと伝わる。ほかの使者が帰った後もひとり残っていた三野王は、やがて別の任地へ移ることになり、名残を惜しんで赤坂山に登り、三日のあいだこの地を眺めて過ごした。村人はその場所に石の地蔵を建てて松を植え、見返りの松と呼んでしのんだ。松は数年前に雪で枝が折れて伐られ、今は見返り地蔵だけが林の中に立っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第4巻 3 (北信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第4巻(三)北信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち北信地方の伝説の章を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・沢と道・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌の順に、条ごとに採集地を添えて短い伝えを並べる。戸隠の鬼女紅葉、黒姫と大沼池の大蛇、久米路橋の人柱、秋山郷の平家伝説など、善光寺平から奥信濃にかけての土地に結びついた話が多い。