舟で帰りたいと告げた子安観音
どんな伝承か
明治の世に仏を廃せよという命令が届き、西山の一本ノ内にあった観音堂は、耕林寺に頼んで取り壊されることになった。観音様は小平の耕林寺へ移されたが、その後に疫病がはやった。ワカサマに頼んで神のお告げを聞くと、子安観音が現れ、一本ノ内の社へ帰りたい、来たときと同じく舟で帰りたいと告げた。集落の人々は舟をこしらえ、子安観音と馬頭を乗せて元の地へ戻したという。お産が軽くすむよう、髪を切って願を掛ける人もいたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
平田村史 第3巻 (民俗編)(平田村史)
『平田村史 第3巻(民俗編)』の昔話と伝説の章から、伝説と世間話の節を抜き出したものである。福島県石川郡平田村の大字・字ごとに、八幡太郎義家や日本武尊にまつわる地名の由来、河童石、姥捨ての十石山、平堂内の大蛇、鶴殺し南兵衛、狐に化かされた村人の話などを収める。阿武隈の山あいの村に残る、石と塚と小さな祠にまつわる伝えが中心である。