光る土から出た遅沢地蔵
どんな伝承か
旧岩城街道は遅沢を抜けるとき、銭神から山を越え、今の遅沢の墓地へ下る山道をたどっていた。途中にハッチヌキと呼ばれる所があり、昔ここを行く人の馬は暴れて乗り手を振り落としたり、荷を崩したりする、怪しい場所だった。ある夜、ハッチヌキの一角が光っていたので、集落の者が掘ってみると、地蔵の姿をした石が出てきた。そこでお堂を建てて祀ったのが遅沢地蔵で、以来ハッチヌキで事故は起きなくなったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
平田村史 第3巻 (民俗編)(平田村史)
『平田村史 第3巻(民俗編)』の昔話と伝説の章から、伝説と世間話の節を抜き出したものである。福島県石川郡平田村の大字・字ごとに、八幡太郎義家や日本武尊にまつわる地名の由来、河童石、姥捨ての十石山、平堂内の大蛇、鶴殺し南兵衛、狐に化かされた村人の話などを収める。阿武隈の山あいの村に残る、石と塚と小さな祠にまつわる伝えが中心である。