旅僧の銭が生んだかね地蔵
どんな伝承か
北方の橋場に住む佐藤家が、暮らしに行き詰まったことがあった。そのころ家に泊めてやった旅の僧が、手持ちの銭をそっくり差し出して、佐藤家を窮地から救ったという。僧は死の間際に、自分を弔うなら地蔵を三体造って辻に立ててほしいと言い残した。こうして建てられたのが清水の地蔵で、お金が縁となったことから、かね地蔵と呼ばれているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
平田村史 第3巻 (民俗編)(平田村史)
『平田村史 第3巻(民俗編)』の昔話と伝説の章から、伝説と世間話の節を抜き出したものである。福島県石川郡平田村の大字・字ごとに、八幡太郎義家や日本武尊にまつわる地名の由来、河童石、姥捨ての十石山、平堂内の大蛇、鶴殺し南兵衛、狐に化かされた村人の話などを収める。阿武隈の山あいの村に残る、石と塚と小さな祠にまつわる伝えが中心である。