線香の匂いと弘法大師
どんな伝承か
北島好孝が高等小学校一年、明治四十三年頃の夏のことである。その日は午後に驟雨があり雷が鳴ったが、学校がひける頃には晴れていた。街路を歩くと、どの家も仏壇に線香をあげていて匂いが漂っていた。高知市の女学校へ通う姉も、高知はどの家も線香をあげ道行く人も線香を持っていたと言った。夜になって由来が知れた。高知市の北奉公人町のある家で主人が重病で見放されていたが、母親は弘法大師に祈願していた。その日、旅僧が黙って室に入り、仏壇の前に立って老婆に「今日という今日はおまえの一念がとおった、病人はすぐ癒る」と告げて去った。病人は起き上がり、点けていない線香が仏壇で燃えていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。