米で馬を洗った米山城
どんな伝承か
昔、武田信玄が大軍で米山城の村上義清を攻めたが、守りが固く城は落ちなかった。そこで水の手を断って持久戦に持ち込んだものの、それでも城は持ちこたえた。物見櫓から様子を見ると、城兵が広場で三、四十頭の馬に惜しげもなく水を浴びせている。武田方は水源を絶ったのにどこから水を得るのかといぶかり、戦意をなくして気を緩めた。その隙に義清らは城を捨て、越後の上杉謙信のもとへ逃れ去った。馬に掛けていたのは実は城の兵糧米で、水に見せかけた計略だった。今も城跡を掘ると焼け焦げた米粒が多く出るという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第5巻 総説 1 (概説)
『長野県史 民俗編 第5巻 総説1(概説)』のことばと伝承の章から、伝説の節を抜き出したものである。長野県全体の伝説を、デーラボッチャ・小泉小太郎・甲賀三郎・黒姫・八面大王・鬼女紅葉・ものぐさ太郎・弘法大師・白米城・早太郎・猫檀家・かっぱ・逆さ木・池の主・人柱・首塚などの題ごとにまとめ、本話のあとに県内各地の類話を地名つきで並べる。県史の地域編と重なる話も多い。