実家を呪った心甫の首塚と胴塚
どんな伝承か
対馬の仁位の上里には、首塚・胴塚・経塚がそろっている。仁位大和守調興の五男で、出家して心甫と名のった者が、実家を恨んで山伏となり呪いをかけた。それが露見したため自ら首をくくって死に、その首と胴、数珠や経文をそれぞれ別々に埋めたのが、これらの塚だという。
原典より
平澤の裏手大門峠の峯に賽の川原といふ所があって、そこに平賀源心の胴塚といふのがある。—— 日本伝説名彙2 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙2
柳田國男監修『日本伝説名彙』の後半にあたる部分で、全国の伝説を地物の種類ごとに分けて集めた名彙である。塚の部(糠塚・七人塚・首塚・十三塚など)、坂・峠・山の部、谷・洞の部、屋敷・城趾の部(長者屋敷・朝日長者・白米城など)、祠堂の部(地蔵・薬師・観音・天神・八幡・稲荷・宮など)の各題の下に、府県・郡・村の所在地を頭に置いて各地の伝えを短く並べ、多くの条に出典の郡誌・伝説集の名を添える。