尼子と毛利の合戦の千人塚
どんな伝承か
同じ島根県の安濃郡津根西村の要害山の上に一か所、ほかに二か所、千人塚と呼ばれる所がある。尼子氏が柳ヶ瀬で毛利の軍勢と大合戦をしたときの戦死者を葬った所だという。
原典より
天正十四年、北條氏政の大軍を皆川山城守角道ヶ原に迎へ撃ち、北條勢九百人、皆川勢四百人討死した。—— 日本伝説名彙2 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙2
柳田國男監修『日本伝説名彙』の後半にあたる部分で、全国の伝説を地物の種類ごとに分けて集めた名彙である。塚の部(糠塚・七人塚・首塚・十三塚など)、坂・峠・山の部、谷・洞の部、屋敷・城趾の部(長者屋敷・朝日長者・白米城など)、祠堂の部(地蔵・薬師・観音・天神・八幡・稲荷・宮など)の各題の下に、府県・郡・村の所在地を頭に置いて各地の伝えを短く並べ、多くの条に出典の郡誌・伝説集の名を添える。