婚礼の座敷に現れて笑う順一の幽霊
どんな伝承か
筑後川のほとり、吉井から田主丸へ通じる街道の山手に、松原という五十戸ほどの部落があった。明治のはじめに流れてきた一家三人がここに住みつき、真面目に働いて田畑を買い足すまでになったが、村の者は親しく付き合おうとしなかった。息子の順一は器量が悪く、両親を相次いで亡くしたのち嫁を探しても誰も応じない。やけになって遊里に通ううち身代を失い、ついに筑後川へ身を投げた。それから数日後、順一を見かけたという噂が村に流れ出す。家を買った花井勇作は夜ごと声を聞いて逃げ出し、村で婚礼があると袴姿の順一が座敷へ現れ、盃事を眺めては笑って消えることが二年ほど続いたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年))
『修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体』は、修羅挑天が著し、昭和六年に中央出版社から発行された仏教の立場からの幽霊論である。霊魂観念の変遷、四悪趣と幽霊、幽霊の定義と分類を説き、責任感の強い幽霊・嫉妬の幽霊・復讐する幽霊などを、新聞記事や著者が自ら調べた大正・昭和の実例で示す。緒説と十段からなり、後半では倶舎論・唯識論・起信論・法華経・真言密教・浄土門の教えに照らして幽霊を論じている。