犀川夜市の石枕と生立八幡の祭り
どんな伝承か
豊前京都郡の生立八幡は、その昔、三韓征伐から凱旋する神功皇后が通過された所という。この地で休憩された折、巨石の上で初めて皇子の足が立ったので、母后が喜んで、早生立なり、と宣うたのを社号にしたという。祭典は五月十日、十一日の両日で「晴天二日の神事」といい、雨が降ればどこまでも繰り延べられる。祭日には氏子の犀川村の各町から宏大な山車が出され、若衆が木遣節を唄いながら曳く。「犀川夜市の石枕」という奇怪な話も伝わる。この神に祈願する男女は、願が成就すれば何度異性に肌を触れましょうと誓いを立てるので、祭典の当夜には幾組もの男女が社前の川原で石枕をしてごろごろ寝ていたという。今はこうした風も一掃された。
原典より
それはこの神に祈願ある男女が御願成就すれば何回異性に肌を觸れませうこ誓を立てるので祭典當夜は幾組かの男女が社前の川原で石枕をしてゴロゴロ寝て居たこいふ話である。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。