私にも狐を憑けてみよと言い返した老女
どんな伝承か
弘化三年九月七日、比企郡のある村の老女乙は、甲の孫に呼ばれて甲の家へ出向いた。甲は、息子の丙はわずかな山地の下畑のことで女に狐を憑けられた、その件が片付けば狐は出ていくと言っているので、そのとおりにしてほしいと迫った。安五郎が祈禱したとき、病人が乙の仕業だと口走ったというのである。乙は、ただの女の身で狐を自在に使えるはずがなく、山の木を伐られた件もすでに済んでいると突っぱね、素人でも狐が憑けられるというなら自分に憑けてみればよいと言い返して家へ帰った。
原典より
そこで、素人に狐が憑けられるのなら私へも憑けたらよいと言って帰宅した。—— 近世史料にみる狐憑きの俗信(小池信一) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近世史料にみる狐憑きの俗信(小池信一)
『近世史料にみる狐憑きの俗信』は、小池信一が紀要に寄せた論考で、同じ紀要の第三号に載せた憑き物「オーサキ狐」の前稿に続き、狐憑きをめぐる訴訟の古文書を読み解いたものである。弘化三年、武州比企郡の村で百姓の悴が病にかかって狐が憑いたとされ、その父が組頭の祖母に狐を憑けられたとして奉行所に訴えた一件の訴状と返答書を、地名と人名の一部を記号に替えて翻刻する。両者の申し立ての要旨を示し、山地と下畑をめぐる争いに俗信が利用された経過を論じる。