年貢の気苦労が招いた狐憑きの死
どんな伝承か
延享元年、守山領三城目村の半之丞の妻が狂気して行方知れずになった。村中が総出で捜したところ、意識のはっきりしない昏迷の状態で見つかったが、直後に息を引き取った。妻はもともと気の小さい者で、年貢を滞納していた気苦労から気を病んだものと考えられている。記録には「狐付」と書きとめられた。理由の分からぬ死や失踪を狐の仕業とみる見方は当時ごく自然のもので、狐憑きは僧侶や修験者による祈禱の対象でもあった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))
『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。