かまどの灰に降った大神宮の御祓
どんな伝承か
朝起きを自慢にしている婆さんが、まだ薄暗い竈の下を焚きつけたところ、急に大声をあげた。爺さんがたしなめると、婆さんは『来て見い、御祓が降っとる』と叫ぶ。爺さんも息子夫婦も三つになる孫娘も急いで厨へ行くと、掻き寄せた灰の上に大神宮の御祓がはらりと乗っていた。周りの窓も出入りの戸も固く締まっているから、神でなければ入り込めるはずがない。婆さんは御祓を恭しく荒神棚へ供えると、憑かれたように『御祓さんの御降りじゃ、ええじゃないか』と踊り出した。板野郡板西町の話。
原典より
「あ、あッ、こんなもんが?」 朝起きをいつも自慢にしてゐる婆さんが、茶を沸さうとして未だ仄暗い竈の下を焚きつけたと思ふと、急にさう大声を發した。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))
『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。