洪水で流れ着いた天狗の腰掛石
どんな伝承か
明治二十六年、石見の安濃郡に豪雨が降って大田川があふれたあと、大田町新市の農民春日徳次郎が川へ砂利をかきに行くと、見慣れない二尺ほどの石が転がっていた。一服するのにその石へ腰をかけたとたん、激しい寒気に襲われて震えが止まらなくなり、医者にかかっても治らない。家族が修験者に尋ねると、罰の当たる石に腰をかけたのだろうと言われ、心当たりの石に神酒と肴を供えて詫びると、病はけろりと治った。見物人の一人が、これは甘野の円城寺の山にあった名高い天狗の腰掛石が洪水で流れて来たのだと言った。寺はそのままでよいと返事をしたので、町の人々が大田の八幡社の境内に移して祀ったという。
原典より
仕事の休みに其石に尻をかけて煙草一服吸ふと、俄然猛烈な惡寒を發してガタガタ病ひに振ひ出したので—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。