立山の地獄に浮かんだ不義の妻
どんな伝承か
明治三十年頃、東礪波郡木杉村の田中某は、妻が下男と密通しているとは知らぬまま、同行三人と共に立山へ登った。権現堂に参ってから地獄見物に回り、百姓地獄のそばで熱泉を眺めていると、湯の中に妻の姿が浮かび苦しむのが見えた。驚いて駆け寄り妻の襷をつかんで引き上げようとしたが、襷だけがちぎれて姿は湯の淵の下へ消えた。家では同じ時刻、妻が食事の支度中に体が宙に浮き上がり襷が切れて行方知れずになっていた。翌日夫の話と襷を見せられた妻は驚き、仏罰と信じて不義を悔い改めたという。
原典より
無論幻影的のものであるけれど、その餘りに印象が明瞭であるので、某は思はず「アッ」と叫び、無我夢中に驅寄って、女房の掛けてゐた襷をどつかんで體を引揚げようとしたら…—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。