立山の薬草採りが出会ったクダベ
どんな伝承か
歴史社会学者・佐藤健二の考証によれば、最初の目撃例は文政十年(一八二七)頃、場所は越中立山であるという。ただしこのときの呼び名はクダンではなく、クダベもしくはドダクといった。薬草採りの男が立山の山奥で「クダベ」と名のる人面獣に出会うと、クダベは数年のうちに疫病が流行り多くの人が死ぬが、自分の姿を写した絵図を見た者は災厄を免れると告げたという。これにより各地でクダベの絵図を厄除けに持つことが流行った。クダンという名での初出は、天保七年(一八三六)の瓦版が現在確認される最古の記録とされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・2005年(平成17年))
『妖怪伝説奇聞』は、東雅夫が二〇〇五年に学習研究社から刊行した妖怪伝承地の探訪記である。稲生物怪録の木槌、クダン、牛鬼、塵輪、ナメラスジ、八幡の藪知らず、鬼の骨、蛇骨、鍋島の怪猫、児啼爺などを追い、中国・四国・九州ほか各地の寺社や旧家を訪ねて遺物と伝承を確かめる。月刊誌「ムー」の連載「日本伝説紀行」の十二章を三つのカラーグラビアで区切り、巻末に草双紙『鍋島猫騒動』の復刻を添える。